こんにちは。アメリカで経済学 Ph.D. 留学中のたなぱんだです。
今日は、アメリカの経済学 Ph.D. のコアコースや専門科目の講義で使っている教科書をご紹介します!
もちろん、大学や担当教員によってどの教科書を使うかの好みはあると思います。あくまで「私が Washington University in St Louis の授業(2021年8月〜2023年5月)で使ったもの」という具体例だということだけご承知おきください。
授業に向けて様々な論文や書籍を読みましたが、ここでは授業のベースとなっている教科書に絞って紹介します。
教科書を指定されていない/使用しない科目については掲載していません。
マクロ経済学(コアコース)
Recursive Macroeconomic Theory (Ljungqvist & Sargent)
大学院生向けマクロ経済学の教科書としては、標準的な本だと思います。
1,400ページ超えの「鈍器」なので、「1ページ目から最後まで順に読む」というような使い方はしていません。授業で扱うトピック(例:Search、Asset Pricing、Incomplete market)に合わせて辞書的な形で使っていました。
Recursive Methods in Economic Dynamics (Stokey & Lucas with Prescott)
動的計画法(Dynamic Programming)に関する講義は、この教科書の第3章と第4章を完全になぞる形でした。(逆に言えば、それ以外の章は扱っていません)
個人的には DP の説明はこの本が一番わかりやすかったですが、同級生の中には Sargent の Dynamic Macroeconomic Theory (1987) の第1章の方が好きだという人もいました。ただ、「Ljungqvist & Sargent の DP の説明がわかりやすい」という人は見たことありません。
Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle (Gali)
コア・マクロのうち New Keynesian モデルを解説するパートでは、Gali の教科書が導入として使われました。(その上で、個別の文献を見ていく形。)
対数線形近似のやり方が独特ですが、コンパクトにまとまっていて、New Keynesian モデルの導入としては良いテキストだと思います。
Introduction to Modern Economic Growth (Acemoglu)
コア・マクロのうち成長論を解説するパートは、Acemogluの教科書をベースに個別の文献を読んでいくスタイルでした。
各章末の “Taking Stock” というセクションで、その章の内容を要約してくれており、独学しやすい構成だと思います。
ミクロ経済学(コアコース)
Microeconomic Theory (Mas-Colell, Whinston & Green)
大学院ミクロのド定番。MWG の愛称で今でも親しまれて (?) います。
この1冊でコア・ミクロで学習するトピックを概ね網羅しているので、「ミクロの教科書を何か1冊だけ買え」と言われたら MWG 一択な気がします。
下で紹介する Kreps に比べると図解が多いので、直観的に理解したい人に合っていると思います。
Microeconomic Foundations (Kreps)
個人的には MWG より、この Kreps の教科書の方が好きです。
1冊で全てのトピックに触れる MWG とは違い、Kreps は全3巻(予定)の大ボリュームで徹底的に説明するスタイルです。MWG は1,000ページ弱ですが、Kreps は第2巻までで既に1,300ページ超あります。ミクロを専攻する人とか、数学的に厳密な議論を好む人は、MWG よりも Kreps の方が合っているんじゃないかと思います。
2012年に出版された第1巻では、選択理論や基礎的な消費者・生産者理論などについて触れられています。
私がコア・ミクロを受講し終わった後に第2巻が出ました。不完全競争に関する理論やゲーム理論について触れられています。
第3巻がいつ出るのかは未定のようです。前書きによれば “someday” とのことです。
Game Theory (Fudenberg & Tirole)
コア・ミクロの講義のうちゲーム理論に関するパートでは、Fudenberg & Tirole が教科書でした。
ただ、この教科書に沿って授業をするというよりは、授業中の説明で理解できなかった場合に参考にする本というような位置付けです。
計量経済学(コアコース)
Mostly Harmless Econometrics (Angrist & Pischke)
理論と分析事例をバランスよく取り扱っている名著で、担当教授から一読することを強く勧められました。
計量経済学のトピックを網羅しているわけではないので辞書的な使い方には向きませんが、計量経済学の理論と実際分析とを橋渡ししてくれる1冊だと思います。
Econometrics (Hansen)
様々な定理などの数学的な説明は、Hansen の教科書をベースにしていました。(正確には、コア・コースを受けていた当時は出版前だったため、draft 版を利用していましたが、出版されたものとほとんど同じだと思います。)
数値例や図解なども多く、非常にわかりやすくまとまっています。
確率論や統計学の基礎知識が危うい場合には、姉妹書である “Probability and Statistics for Economists” (Hansen) を参照しながら読むといいです。
Econometrics (Hayashi)
GMM の説明に関しては、林先生の教科書も推奨されていました。コンパクトにまとまっているので、個人的には好きな教科書です。
林先生の専門がマクロなので、ミクロ計量(applied micro)っぽい内容は軽く触れられる程度です。ただ、最近はマクロの人も Heterogeneity の文脈で applied micro 的な分析をする必要があるので、「マクロだから林先生のテキストだけでいいや」とはならない気がします。
経済数学(Math Camp、コアコース)
Analysis I・II (Tao)
セントルイス・ワシントン大学の経済学 Ph.D. では、数学がコア・コースに含まれています。その講義では、Tao の実解析のテキストが教科書でした。
Probability and Measure (Billingsley)
(授業時間の関係で)確率論に関しては飛ばし気味での講義になったため、必要に応じて Billingsley の教科書を参照するように指示されました。
数量マクロ経済学(専門科目)
この科目では、プログラミングによりマクロ経済モデルの数値計算をする方法を学びます。
Dynamic General Equilibrium Modeling (Heer & Maussner)
様々な動学マクロモデルに関して、プログラミングによって数値計算する際のアルゴリズムを解説した教科書です。
数値計算する際に広く使われる手法(多項式近似や最適化アルゴリズムなど)についての解説もあります。
教科書のHP に行くと、サンプルコードが公開されています。サンプルコードは GAUSS 推しなのですが、一部については Python や MATLAB、Julia などのコードも公開されています。
Economic Dynamics (Stachurski)
マルコフ連鎖や動的計画法などについて解説した教科書です。
計算アルゴリズム重視の Heer & Maussner とは違い、背景にある数学的な理論についても丁寧に議論しています。
著者のHPに Python の Jupyter notebook が公開されています。
番外編:論文執筆入門
以下の2冊は、経済学に関する本ではありませんが、経済学の研究者になるためには読んでおくべき本として、1年目のオリエンテーションの際に推薦されたものです。
A Guide for the Young Economist (Thomson)
経済学 Ph.D. での過ごし方や、論文の書き方、発表の仕方、レフェリーレポートの書き方などについてのアドバイス集。「経済学 Ph.D. 学生用マニュアル」という感じ。
どれくらいためになるかは人それぞれだと思いますが、Ph.D. 入学前に時間があれば目を通してみてもいいと思います。
Economical Writing (McCloskey)
英語で経済学の論文を書く際のアドバイス集です。例えば、「1つのパラグラフには1つのアイデアが入っている必要がある」や「できるだけ具体的に」などです。
メインとなる部分は100ページくらいしかないので、時間がある時にサクッと読んでみるといいでしょう。
まとめ
この記事では、私が経済学 Ph.D. のコースワークの中で使ってきた教科書をご紹介しました。
「なるほど、こういう本で勉強するんだな」という感じが伝わったならば嬉しいです。
このブログでは経済 Ph.D. 留学についての情報を発信しています。経済Ph.D.に興味があれば、ぜひ他の記事も読んでみてください。
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